はじめに
多様な個性を活かすには、どうしたらいいのでしょう。
こども発達支援研究会では、発達障がいの子どもを対象に、支援の方法を日夜模索しています。
支援のゴールの一つに、社会生活があります。
就労して、自立して生活するということです。
発達障がいに限らず、障がいを持つ人にとって、就労には大きなハードルがあります。身体障がい、知的障がい、精神障がい(発達障がいはこの中に含まれます)、みんなそれぞれ大変さは異なりますから、10人いれば10通りの難しさがあります。
厚生労働省が作った、障がい者雇用という制度があります。
企業で障がい者の方が働けるように、また働きやすいようにするための制度です。
今回は化学メーカー DIC株式会社のグループ会社であるDICエステート株式会社に取材をさせて頂き、障がい者雇用の実態を調査してきました。
多様な個性を活かすには?働くという点から一緒に考えてみましょう!
*当記事はこんな人にオススメです*
◯ 障がいを持つ子どもの保護者
◯ 障がいを持つ子どもの支援者
◯ 障がいを持つ当事者
◯ その他、障がい者雇用の実態を知りたい人
障がい者雇用とは
障がい者雇用とは、企業が一般雇用とは別に設けた雇用枠のことです。障がいを持つ人(手帳や診断書を持っている人)を対象にしています。
障がい者雇用は障がい者雇用促進法によって定められています。民間企業の場合、常勤の従業員中2.2%を障がい者雇用にすることとなっています。(2020年7月の記事執筆時)
障がい者の雇用数が足りず、基準を満たさない企業には罰金が課されるなど、厳しい仕組みとなっています。障がい者雇用について、詳しく知りたい方は下記をごらんください。
取材したDIC株式会社・DICエステート株式会社について
今回快く取材を受けてくださったDIC株式会社とはどんな会社なのでしょうか?
DICはグループ会社と共に障がい者雇用を進めています。
そのグループ会社のひとつにDICエステート株式会社があります。
今回はDIC株式会社の本社(東京・日本橋)と同じビル内にあり、特に障がい者雇用に力を入れているDICエステート株式会社 業務サポート部に取材をさせて頂きました。
業務サポート部はその名の通り、会社のさまざまな業務をサポートする部です。社内のメール便を集配したり、イベントの際に会場を設営したり、来客時の呈茶をおこなったりと……本社のサポート業務を一手に引き受けています。
障がい者雇用の人数と割合
実際にDICエステート株式会社で働く障がい者の方は何人いらっしゃるのでしょうか?
DICエステート株式会社の業務サポート部には26人の従業員の方がいて、その内16人の障がい者の方が働いています。(部内の比率は約60%)
障がいの種別は身体障がいの方が5人、知的障がいの方が7人、精神障がいの方が4人在籍されています。(精神障がいの中には発達障がいの方も含まれるとのことです。)
取材見学大歓迎!あたたかく迎え入れられた理由
実は今回、こども発達支援研究会では取材先の企業が見つからず難航していました。
発達障がいの支援を考える上で、将来の雇用先は大切なテーマ。
「発達障がいを持つ方の障がい者雇用について取材させてください!」
企業さんにお話を伺いたく、何社も取材を申し込んだのですが、断られてばかり。
「企業取材は諦めるべきか……」
諦めかけた矢先、光明のようにDICエステート株式会社から取材許可の連絡を頂いたのです。
「取材や見学は、本当にもうどんどん来てください!という姿勢なんです」
DICエステート株式会社業務サポート部、部長の古田さんは取材陣に対しそうおっしゃいました。
取材、見学大歓迎の理由はノウハウの共有と活動の周知のためなのだそう。
「自分達も手探りで日々環境を整えています。同じように障がい者雇用をなさっている企業さん達と頻繁に連絡を取り合い、ノウハウを共有するようにしています」

↑業務担当者表。自分や他の社員の方の業務の流れが一目で分かる。

↑構造化されたメール室。色と場所でメール便の行き先が分かる。
「他の企業と情報共有しているのですか!?(ライバルなのでは……)」
「それはもう。障がい者雇用について同じ取り組みをしている者同士ですからね」
「なるほど……(視野の狭さを反省)」
「毎年の実習生の受け入れの他、特別支援学校さんにこちらから出向いて行くこともよくあります。我が社の活動を知らせるのもそうですが、どういった環境で生徒さんが育っているのかを把握することも大切です。そこから支援のヒントが得られることも多いですね」
障がいをもつ人が働きやすいように、日夜さまざまな工夫をされているのですね。DICエステート株式会社の障がい者雇用に対する姿勢をうかがえました。
実習中の特別支援学校の生徒を追跡してみた
メール室に入ると、丁度特別支援学校の実習生の方が作業中でした。少し離れたところから様子を見守ることにします。
実習生の方は社員の方の中に混ざって、メール便の集配作業をしていました。まだあどけなさの残る高校生ながら、その表情は真剣そのもの。
後ろには指導役の社員の方がついていて、熱のこもった視線を向けています。社員の方は実習生が手順をきちんと守れているかチェックしているそうです。(緊張感がこちらにも伝わってくる……)

実習生を積極的に受け入れているDICエステート株式会社。実習ではスモールステップ方式を採用し、作業を少しずつ習得できるように工夫しているそうです。
ひとつひとつの作業を細かく分けて丁寧に行い、覚えるまで練習する。それから次の作業を覚える。そこから実習生の習得度に応じてステップアップしていくそうです。
就労がスムーズにできるように、環境を整えているのですね。
ベテラン社員の方に障がい者雇用の実態を聞く
「私が就職活動をしていた当時、障がい者雇用の状況は採用を始め、業務の習得の上でも思うようにいかないこともありました。」
そう語るのはメール室統括リーダーの黒田さん。メール室の責任者です。
「障がい者雇用の場合、一人一人の個性に合わせた対応やケアが必要ですが、今は障がいを持つ方にとって働く環境が整備された企業が増えています。」
黒田さんご自身も障がい者雇用で採用された方。経験から来る言葉には、とても実感がこもっています。
「DICエステート株式会社が働きやすいと思える理由は何でしょうか?」
「サポート体制が充実しているところですね。主な仕事はスモールステップで習得します。複雑な仕事に関してはリーダーを含めてみんなで協力し、OJTで覚えることもあるなど、さまざまな指導法があります」
「業務サポート部の人員構成を伺いましたが、部内では過半数の社員の方が障がいを持つ方なのですよね。指導する上で、難しさを感じることはありますか」
「毎日試行錯誤ですね。ですが、障がいもひとつの個性と捉えたらいいのです。ここでは、障がい者も健常者も大切な戦力ですから、障がいがあるからといって特別扱いをしたりはしません。全員に自分の得意な能力を活かして頑張って欲しいと考えています」
障がいは、ひとつの個性。
それぞれの人に合った学び方と教え方がある。
障がい者にも健常者にも関係なく言えることだと感じました。

メール室での様子を見ていると、全員が真剣に業務に打ち込んでいました。こまめに声をかけ合いながら、メール便を仕分けていく業務サポート部の皆さん。多様な個性を活かしたチームワークの良さが印象に残っています。
障がい者雇用の理念を聞く
DIC株式会社 総務人事部部長の嵯峨(さが)さんより、DICエステート株式会社の障がい者雇用の理念と今後の展望についてお伺いしました。
「会社見学、ありがとうございました。DICエステート株式会社は障がい者雇用にとても力を入れているように感じられますね」
「DICエステートの母体であるDICでは、障がい者雇用の法定雇用率を達成するため様々な取り組みを行っています。2019年は法定雇用率が2.2%のところ、2.58%を達成しました。今後も採用数を上げていきたいと考えています」
「罰金を支払うことになっても、障がい者雇用をしない企業は多いと聞きます。障がいの種類は様々で、個々によって対応が違いますよね。」
「世の中のスピード感はどんどん早くなっている中、今までの価値観では会社を運営できないと考えています。
スピード感を上げるためには、現場の色々な人の意見を吸い上げなければいけません。」
「どのようにして、現場の人たちから意見を吸い上げるのですが?」
「個人を尊重していく空気を作る必要があると考えています。色々な人の意見を吸い上げることのできる会社を作る上で、多様な人が輝ける職場であることが大切なのです」
「多様な人が輝ける職場というと……?」
「ダイバーシティという概念があります。
その中に女性雇用があって外国人雇用があって、障がい者雇用があります。
育児や子育てで忙しい人が働ける環境、シニア世代が働ける環境、障がいを持つ人が働ける環境を作りたいと考えています」
「障がい者雇用は雇用側の一方的な支援のように考えていた自分が恥ずかしいです。企業側にも多様性ある環境を作れるという面でメリットがあるのですね」
「新型コロナウイルスの影響で、一般の雇用も厳しい状況の企業が多い中、今後も障がい者雇用を維持することはできるのでしょうか」
「コロナの影響で、一般雇用も障がい者雇用も関係なく、仕事全体の在り方や、やり方を変えなければならないフェーズに来ています。今ある仕事を細分化して、より柔軟な働き方を用意すればいいのではないでしょうか」
「障がい者雇用のパーセンテージが上がることは決して負担になりません。企業側がどうインクルージョンさせていくかが大切だと思います」
「固定された仕事があって、雇用者が全面的に合わせる旧来の雇用体系ではなく、世界の状況や社員の特性に応じて仕事を組み替え、柔軟に働ける雇用体系にしたいということですね」
まとめ
DICエステート株式会社の取材をし、お話を伺う中で、さまざまな発見がありました。
- 障がい者雇用は企業の多様性に影響している
(障がい者雇用を積極的に行うことによって、企業側にもメリットがある)
- 弱い立場の人や事情を抱えた人が働きやすい企業は、誰もが働きやすい企業。そしてコミットしたいと思える企業
(誰しも、自分の力を発揮できる場所で頑張りたいですよね)
- 企業風土のあたたかさを実感した
(編集の都合上、割愛せざるを得ませんでしたが、社員の方同士のあたたかな関係性を感じる場面がいくつもありました)
また、はじめにで述べた「多様な個性の活かし方」ですが、DICエステート株式会社のように、障がいを持つ人を理解して活かそうとする会社もあることが分かりました。
取材の終わりに古田さんが仰った、「障がい者雇用のパーセンテージが上がることは決して負担になりません」という言葉には、多くの人が勇気付けられることでしょう。
DICエステート株式会社の社員の皆様、お忙しい中取材にご協力いただき、本当にありがとうございました。